『海炭市叙景』

 『海炭市叙景』は、私がこの五年の間に観た映画の中で、もっとも、その余韻の残像が、大脳基底核に刻印された作品であった。闘うか、逃げるかを司る大脳基底核の判断のための過去の映像に、感動したかどうかとして刻印されたのは、その実像としてのフィルムではなく、心に残った余韻の残像でもあった。

 作品は、私小説作家である佐藤泰志の短編小説集を絶妙にオムニバス化した映像集でもある。
様々な人たちの日常の中の刹那の快楽と絶望が、微妙に他の人間模様に微妙に交差する。
 微妙な交差は、どこか遠慮気味だ。
 人は皆、どこかで人の人生と接する境界の中を生きざるを得ない。しかし、人は人と繋がりたい人生の境界を求めて、孤独の癒しを求めるが、人と繋がる境界は、ごく僅かでしかない。その、ごく僅かの境界の接点と接点を緩やかに一つ一つのエピソードは流れていく。

 淡々とした市民の日常の風景を、実に多くの名優たちが味わい深く演じている。
しかし、心に残ったのは、場末のスナックで一見客相手に商売語りの浮き世の風景を語る少々、不細工な女。
 そして、蒸発した後、腹を膨らまして戻ってきた飼い猫を抱きかかえながら、「産め、産め、ぜんぶ、面倒みてやる」と無責任に、そして、静かな覚悟を持って呟く老婆の姿。
素人俳優たちの戯言は、時として、虚構のからくりの映像をリアリティを持って、際立たせる。
 演技が下手な素人たちの戯言が、名優たちのそれよりも心に響いた。不思議な映画であった。


『ヤクザと憲法』

 かつてハリウッド映画「ブラックレイン」の舞台ともなったのが十三・栄町商店街であった。せっかく大阪の都心ミナミの非日常的な色彩都市を背景に多くのシーンを撮り終えているのに、監督であるリドリー・スコットが、アンディ・ガルシアが死に向かうネオンロードの舞台として選んだのは十三・栄町商店街のミナミと比べやや薄く少ない数のネオンで照らされた歓楽街の光景であった。
 大阪のヤクザを題材として、「ブラックレイン」は描かれたが、そのおそらく三十年近く後になり、舞台となった栄町商店街にある小さな映画館にて、ヤクザを題材としたドキュメント映画が上映された。
 その劇場には足繁く通っている私であるが、あそこまで劇場のロビーに人が溢れている光景は、その映画上映以外は観た事はない。一度、予約無しで出向いたものの、あまりの混雑に日を改めた程である。
上映時間より早めに出直した日は何とか椅子に座れるほどの列であったが、小劇場の小さな空間の両隣と背後は立ち見客に囲まれるほどであった。
 スクリーンに登場するヤクザたちは、西成の山王を拠点とする東組及び、その枝の組の人物たちである。実は、私の父は東組と古くに短期間のある縁があったが、そんな記憶とは関係なく、仕事で東組、及び滝本組の事務所前を通る事が多い。仕事や私生活でつきあうことは無いとはいえ、私にとってヤクザとは日常であり、少なくとも、日常と思っている光景の中で生きる人に対して、ヤクザが危害を加えることは無い。
 下積みを好む若者が少なくなった現在、わざわざヤクザ事務所に押し掛けるような人間は、どこか朴訥で、純な輩である。私が生まれ育った時から今まで感じている印象を、映画はある人物を追いかけることで具現化してくれた。
 もちろん暴力団といわれるヤクザを肯定する気など毛頭ない。
 それでも今の世の街には、ヤクザにも劣る暴力生が溢れている。半グレ集団、あるいは好き勝手に暴力的な言葉を吐けるソーシャルネットワーク。

 映画で描かれたヤクザたちの描写に演出性がかかっていたとしても、私には、上記した半グレや、ソーシャルネットワークでの素人の暴力言葉遣いよりも、どこか牧歌的な顔立ちに見えたことは確かだ。

 映画「ブラックレイン」にて、アンディ・ガルシアが死に向かう暴力の終点として描かれた十三・栄町商店街であるが、その遥か後、暴力とは何かを考える映画を上映することによって、鑑賞者は、暴力性の定義を考えざるを得なかったであろう。

 
 
 

『ある精肉店のはなし』

 映画「ある精肉店のはなし」を観たとき、映画の舞台となる貝塚に住む旧友のことを思い出した。大阪の地に細かく分かれた発音の特徴が、映画のキャストと友人と同じだったからだ。
 摂津人である私にとって、青春期に出会う事のできた泉州弁を操る濃い泉州風土の人たちの存在は、記憶の一つになっている。
 泉州の和泉市の同和地区に住む友人の家に遊びに行ったことがある。私たち都心の大阪、昔の摂津国のような狭い密集した都市の同和地区ではなく、どこか田舎的な原風景を醸し出しながら、適度に密集した同和地区の光景を二十歳のとき、新鮮に覚えた。

 映画「ある精肉店のはなし」の風景は、和泉と貝塚の違いこそあれ、若い頃、覚えた記憶と同じ風景と明度であった。
 部落解放運動に驀進するキャストを他人事のように思えるのは、私自身、同和地区の違うマイノリティであるからだ。ウシを育て屠畜する肉屋さんの風景に、昔を懐かしんだ。ただ一つ残念な事は、牛を屠畜するために、眉間を二度打ちしてしまった光景である。

 私は菜食主義者でもないし、動物愛護者でもない。子供の頃から、在日韓国人として肉を主の糧としたきた。
私が子供の頃、家は土建屋とともにステーキ店で生計を立てていた。
 私は牛によって、生きてこられた。なので動物愛護者ではないが、家畜福祉を望みたいのである。

 昨今、イスラム的屠畜が、実は家畜にいかなる恐怖も痛みも感じさせない屠畜方法として評価されつつある。イスラム教は私にとって避けたい宗教であるが、それでも戒律の強迫観念のもととはいえ、生きる動物の命を殺めるための真摯な心象が漂う屠畜の儀式でもある。
 映画「ある精肉店のはなし」は、人間の生活模様は描かれても、人間視点であることに変わりはない。その人間視点の珠玉のドキュメント映画に感動したが、眉間を二度打ちされたウシの悲鳴が、私の脳裏に刻印された映画でもあった。