『凍蝶圖鑑』

 映画『凍蝶圖鑑』を観た後、「凍蝶」の意味を調べた。映画館から出た後だったので、スマホに頼るしかなかったが、"寒さのため凍てついたようになる蝶のこと。飛んでも鈍く、ほとんどは動かない。哀れさという点では「冬の蝶」より差し迫った感じがある。" と説明してある季語のサイトを見つけた。http://kigosai.sub.jp/kigo500c/234.html
けれど、映画に出てくる凍蝶たちは、記されている意味のような不自由さとは程遠い存在に感じられていたので、あまり季語サイトの意味は参考にしなかった。
 
 次に気になったのが「圖鑑」という言葉であった。わざわざ「図鑑」を「圖鑑」という旧字体に記すあたり、「凍蝶」という意味に対しての違和感とともに、制作側の商業的演出ひいては悪意を感じもした。

 けれど、映画に出てくる個性という言葉では表現できない性の煩悩の出演者たちの姿を見るにつけ、やはり、この映画のタイトルは『凍蝶圖鑑』が相応しかったのではないかと後になって思った。

 淀川、新世界、おそらく西区辺り、私にとって馴染みの深い街の日時計に拘らない通日ひょっとすれば闇の世界を背景に、出演者たちは凍蝶どころか、ひとときに躍動する蝶のように遠慮なく自身の変態性を持って、鑑賞者を捕らえる。

 「凍蝶」という名を付けられた出演者たちは、確信犯的に、自分たちを「凍蝶」と呼号する。
私たちが思う以上に性的マイノリティたちの逞しさは、『凍蝶圖鑑』というタイトルの映像を余裕を持ち容認する事で証明されたのだ。