バラックの故郷

 私の祖父母は韓国から日本に渡ってきたとき、最初に住んだのは、大阪市西淀川区の出来島だった。そこで私の父も生まれたが、その後すぐに、祖父母家族は、西へ数キロ移動し、尼崎の武庫川の東に居を構えた。
 今は、当時の地名もなくなっているので記すが、元々、同和地区でもあった上に、沖縄、奄美の人たちも多かった。私は朝鮮半島をルーツに持つ人間だが、同じ長屋には、いろいろなルーツを持つ人たちがいた。
 在日だったが、あぶらかすも食べてきたし、沖縄まんじゅうも食べてきた。要するに、日本のマイノリティの集合体の中で生きてきた自負はある。
 武庫川は、もともと大阪から見て、向こう側にあるから武庫川と名付けられたのが語源と云われている。同じく六甲山も向こう側にある山として、武庫山といわれていたのが六甲山に変化したと云われている。
 私は武庫川で生まれ育ち、成人前から千里在住である。祖父母や親父とは反対に、逆ルートで、神崎川そして淀川を越えてきた。
 けれども、祖父母と親父、私も移動したのは、昔で云う大阪・摂津国の中でのことである。
歳を重ねると郷土愛も深まる。楽しいだけでなく苦しみや悔しさも、色々な記憶が交錯されている人生すべてが大阪・摂津国のことであるという事実が、なぜか祖父母や親父が側にいてくれる気がして嬉しくなる。

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