女子プロレスラーたちの最後のリアル・ファイト

 かつて日本の女子レスリング黎明期、数多くの女子全日本王者を輩出したクラブは、プロレス界の老舗「全日本女子プロレス」であった。女子レスリング黎明期、体力も、運動経験も高いレベルとはいえなかったレスリング初心者が殆どの大会において、同じく初心者とはいえ、本格的な体力練習を積んでいた女子プロレスラーたちが多くの階級を制するのも当然の事であった。
 その当時は、女子格闘技と女子プロレスの関係には、高い親和性が存在している。
当時の女子格闘技のレベルに対して、高いレベルのオーディションで選ばれた体力のある女子プロレスラーの存在は、五輪競技に邁進しつつあった女子柔道を除けば、十分にトップを担える集団であった。
 その当時から30年ほど経過した今年に入り、不思議な事に、女子プロレスラーたちが再び、競技スポーツに挑み始めた。女子格闘技のレベルが、男子格闘技のそれと比較して同様の層の厚さを担っているとは考えにくい。当時の女子レスリングほどの層の薄さではなかろうが、それでも男子プロレスラーが太陽に向かうがごとく、総合格闘技での誉れを狙うほどではない現実性が、女子プロレスラーの総合格闘技挑戦には存在している。
 今年に入り、レベルの高低はともかく、二人の女子プロレスラーが、リアルファイトで勝利した。
 ジャジー・ガーベルトはその後を追うように、本国での経験をもとに、日本でのリアルファイトに挑んだ。普段の女子プロレス界のミニマムな世界で生きてきた彼女は、初めてのメガイベントで浮き足だったところもあっただろう。けれど、一方的にやられたわけでもなく、その気概は相手の顔面を幾度かとらえた。
 私は女子プロレスラーが女子格闘技でのリアルファイトに挑戦していくのは今が最後のチャンスだと思っている。今は男子のプロレスと総合格闘技ほどの差は存在しない。しかし今の女子格闘技の台頭は、総合格闘技がプロレスを浸食しだした時の気配と実に良く似ている。
 なので、より多くの負けじ魂を持つ女子プロレスラーたちに今のうちにリアルファイトを経験していってほしい。
 今年、来年を過ぎれば、女子プロレスラーの挑戦も太陽に向かうがごとくの夢物語になってしまうだろう。
 
 

吹田の泉

 私が住む自治体、吹田市とは統一感のない街でもある。
北部には千里ニュータウンが広がり、かつて大阪万博で賑わった跡地は、エキスポランドを経て、エキスポシティという観光地にもなる巨大なショッピングモールが存在している。そして大阪を代表するサッカーチームであるガンバ大阪のホームタウンも吹田市北部にある。また吹田市北部には日本で一番最初に自動改札機を導入した「北千里」があり、その地に代表されるようにニュータウンの景色が広がる。
 しかし、そのように北部に代表されるイメージとは異なる風景を、数多く吹田市は持っている。
 関西の私大のシンボルである関西大学のある「関大前」の付近は、ひょっとして日本最大の学生街でなかろうかと思われる長い街並が存在している。居酒屋から古本屋、ファーストフード店、学生相手だけで需要を賄う街並には、私の自宅の近所でありながら、足を運ぶには躊躇してしまう。
 運動をしていた私に幸いだったのは広大な千里の丘陵であった。上り坂、下り坂、起伏の激しい街並を走り込みながら、私の心肺は心拍数の上限に幾度も迫った。
 縦長の吹田市の地形に応じて、東からJR、阪急、地下鉄と三つの路線が走っている。吹田の都心は当然、地下鉄御堂筋線の「江坂」駅である。巨大なビル群が高架の駅を鋏み、ハンズを中心とした商業ビルも多く、またスノップな若者たちが開く店も多く、大阪に新しいムープメントを起こしつつあるが、私にとって江坂とは、恩師とともに酩酊できた街でもあった。酔いつぶれふらつく恩師を支えながら、自宅まで送った。普段は怖く遠い存在の恩師も、その時だけは、不肖の弟子である私が支えていられる喜びを感じた。
 私が普段呑むのは、一番東のJR「吹田」駅である。駅の地下には扉のない暖簾だらけの立ち飲み屋の風景が、まるで立ち飲みテーマパークのごとく存在している。
 かつて、イギリスの田園都市を見本にした「千里山」というセレプな街のイメージの意を借りて、その地の隅っこに終の住処を選んだ私であるが、所詮、尼崎の長屋育ち。吹田市南部の庶民的な風景が地元の人間として誇らしくもある。
 地元のアサヒビールの工場のそばに、泉殿宮がある。泉の神様であり、アサヒビールの源泉でもある。この神社を初詣の場所として決めて、幾つ鈴を鳴らしただろう。

『走れ、絶望に追いつかれない速さで』

 私が、始めて観た中川龍太郎監督の作品は、昨年、大阪で上映された『愛の小さな歴史』だった。若手キャストの熱のこもった演技や、個人的に好きな淡い質感のあるフィルムに魅せられて、注目した監督であった。
 しかし、作品のキャスト、台詞の間、映像含めた独特の質感に魅せられた一方、個人的に違和感を伴う演出もいくつか見受けられたことが記憶に残っている。
 例えば、沖渡崇史演じる夏生は非合法な金貸しだが、今時、派手なジャケットと開襟シャツを合わせた金貸しなど、お目にかかる事はない。まして債務者が自殺したとして号泣して、金貸しの夏生が詫びるシーンも含めて、全てがステレオタイプな想像の万物でしかない。テレビドラマならともかく、痛みを伴うインディーズ映画の演出としては例えディフォルメトしても疑問符がつく。
 おそらく中川龍太郎は、そういう世界とは無縁の世界で育ってきたのだろうと勝手ながら想像できた。全くキャストの演出にリアリティが存在しないのだ。しかし、体験していない世界を想像することとは創作者の挑戦でもあり、私は、中川龍太郎という監督の「青さ」を感じながらも、次の作品に期待した。
 
 今年に入り、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』を観た。
前作と同様、その映画独特の間や映像美に見蕩れた。しかし、「青さ」は相変わらずであった。
 主人公は、親友との死別つまり「二人称の死」を長く受け入れられず、勤め先を身勝手に休み、自分なりの喪の儀式を求め、故人を求める旅に出る。
 しかし、普段は町工場で働く主人公が、贅沢な自家用車で長距離を走りまくる。
 そこには、実生活で黙々と感情を押し殺し、仮面を被る大人たちにとっての中川龍太郎作品への違和感が象徴されている。
 私が勝手に想像するに中川龍太郎とは経済的な苦労を伴わない青春時代を送った「坊っちゃん」なのであろう。私が氏の作品に感じた「青さ」とは、正直、「坊っちゃん」の青さと感じざるを得ない。
 彼の「青い創造」「青い遍歴」、中川龍太郎の作品には、市井の庶民とはほど遠い「青さ」が常に存在しているのだ。
 
 けれども、どのような青春の遍歴を歩んだとしても、「青い時代」は人それぞれ存在しているものだ。
 生育歴は違っても、共通するそれぞれの「青さ」に投げかける何かを、それでも中川龍太郎は持っているのではないかと、私はそのフィルムの質感の美しさを通してだけであるが、彼の可能性への期待ともに信じざるを得ない。
 それは彼の感受性が、生育歴や経済的格差を越えた共通の「青い」痛みを伴っているからではないかと私は思う。